いんちょうブログ
長崎県諌早市にある鶴田歯科医院 院長のブログです。
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挑戦者たち
2010/03/11 19:01 [Thu]
category:未分類
みなさん、こんにちは!

長崎県諫早市の鶴田歯科医院、院長の鶴田博文です。

たま―に感動したくてDVDを購入します。
今回は2002年の5月のNHKで放映された「プロジェクトX 挑戦者たち」です。

見逃した「プロジェクトX」をインターネットでDVDを購入して観ることができるので便利な時代になったものです。
ふろくの説明には、あの素晴らしいナレーションをする田口トモロヲさんの写真が!お顔を拝見し、この人だったのか!とすでに観る前から感動です。

IMG_0590-t.jpg

3619円です。アマゾンで売ってました。

中身はこんな感じでした。

時は昭和29年。

戦後のプロジェクトの成功の陰には「無名の日本人」を主人公とする「組織と群像」の知られざるドラマがあった。それは個人の力をチームワークという形で開花させた男たちの物語である。


制覇せよ 世界最高峰レース?マン島・オートバイにかけた若者たち?
(ここでタイトルがバーンと!)

当時、オリンピックでフジヤマのトビウオと呼ばれた古橋選手が優勝するシーンをテレビでみた、HONDAの創業者である本田宗一郎氏はミカン箱の上に立ち、社員に向かってこう言った。「オートバイのオリンピックがあるぞ!イギリス・マン島のレースに出場し優勝する!」

当時の本田技研工業は相当厳しい経営だったというが、本田宗一郎氏の夢を達成するために
プロジェクトチームが結成された。

初出場したときは6位入賞したものの、当時の技術力ではヨーロッパのDUCATIやMVアグスタ、トライアンフ、BSAなどに逆立ちしてもかなうわけない状態だっという。
技術者たちは工場に泊まり込み開発を続け、ライダーは石をリュックにつめ階段を上りトレーニングを重ねた。

途中犠牲者も出しながら7年後のマン島TTでは昭和36年に一位から5位までを独占した。

昭和36年にイギリスに行ってレースするというだけでもとんでもない話なのにそれで優勝してしまう本田技研工業のちからはすごいです。

こんな伝説がメーカーにあると社員は幸せですね。

私は本田技研工業さんに友人はいませんが、SONYに勤める知人は涙しながら、戦後焼け野原から会社を興した井深 大さんの話をしますものね。

田宮模型(TAMIYA)さんからこのときの優勝したマシンのプラモが出るという情報を入手したので、購入し、ちゃんと妥協しないで製作しようと決意しました。そうでないと開発した人に申し訳ない・・・そんな気持ちになるDVDです。

ちなみに、「ものづくり」を仕事としている人だったら私にみたいに涙もろくなくても泣けます。
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